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INTERVIEW

「海外で日本の食品を売ってみたい」という夢に、着々と近づいています

セクションマネージャー(東北)富岡 勇斗

お好み焼きで人を笑顔にした留学時代の経験以来、夢は海外進出

富岡 勇斗
大学時代にアメリカに留学したことがきっかけで、海外と関わる仕事がしたいと思っていました。当時、福岡にオープンしたばかりのエースを見に行ったのですが、今まで見たことがなかった商品やこだわりの感じられるPOPがとても印象的だったんですね。そこで思い出したのが、留学中にお世話になったホストファミリーとの思い出。帰国前、最後に何か恩返しをしたくて、お好み焼きを作って食べてもらったら、ごくふつうのお好み焼きなのに「初めて食べる」「すごくおいしい」とすごくいい顔で喜んでくれたんです。食べたことのないものを食べることで、人間、すごくいい表情になる……エースならそのお手伝いができる、そしてゆくゆくは、海外で日本の食品を紹介できる日が来るかもしれない。そう考えて入社を決めました。

入社後は新人時代から生意気でしたね(笑)。福岡パルコ店でのスタッフ時代は、ふだんから店長の動きをよく観察し、常に「僕だったらこうしたい」と考え、店長が帰ったあとは自分が店長気取りで動いていました。でも、そういう「出る杭」を評価してくれるのがエース。1年で副店長にしてもらうことができたんです。それからはますます生意気になり、店長が売り上げ目標を伝えて帰宅したあと、独断で安売りをしたこともありました。でも実は店長は、わざとそういうことをして僕の動きを見守ってくれていたんです。自由に行動させてくれたうえでしっかり話し合い、指導してくれた店長には今も感謝しています。
自分が店長になったときには、残念ながら閉店も経験しました。そのときに痛感したのが常連のお客様たちのありがたさ。閉店の日が近づくとどんどん品物も減っていくのですが、買いたい商品がなくなっても最後まで立ち寄ってくださる方がいたんです。「私はこのお店が好きだったよ」と言ってくれたその方の言葉に、お客様との強いつながりと、自分たちの存在意義を感じることができました。

「被災地で頑張る人のために東北の商品を売りたい」と奔走した仙台店時代

富岡 勇斗
その後、同じく店長として福岡から仙台に異動。東日本大震災の1年ほど後のことでした。そのときの出来事で忘れられないのが、商工会議所主催のメーカー視察ツアーです。初日の商談会では、持ち込まれた商品パッケージなどを見て、「あまり魅力的ではないな」と思ったんです。正直、地方の商品を下に見るような気持ちもあったかもしれません。でも、翌日視察に訪れた工場を見てすべてを悟りました。その日「工場」として案内されたのは小さなプレハブの建物。製造設備も最低限のものしかありません。そう、パッケージが弱かったのは、作れる設備がなかったからだったんですね。それでもそこにいる人たちのなんとイキイキとしていることか。その様子を見て、「売ろう!」と決意しました。
それからは、店長としてバイヤーに掛け合ったり、生産者さんとバイヤーを合わせたりして取引を実現するべく奔走。最後は、「宮城県のお客さんが売ってほしいと言っている」といって説得しました。そういう理由なら売らせてくれるのがエースだからです(笑)。

現在はセクションマネージャーとして東北11店舗を管轄しています。今まではお客様の顔を見て満足度を上げるのが仕事でしたが、今は店長、社員、パート・アルバイトまで、働く人の満足度を上げるのも仕事です。とくに本部とのつながりが薄い地方では、評価されているのかどうかがわからなくなってパートさんたちのモチベーションが下がってしまうことも。そこで、通信簿を作って1ヵ月頑張ったことを評価する仕組みを作り、「本部の人が見てくれている」ということを感じてもらえるよう、日々意識しています。

ひとりの新入社員の夢を真剣に考えてくれた社長。海外進出時には必ず立候補します!

富岡 勇斗
実は入社してすぐ、北野社長と直接会う機会があり、こんなことを言ったんです。「僕は海外の人に日本の商品を売ってみたいと思っています。社長はどうですか?」 今思えば本当に生意気ですよね(笑)。でも社長は「自分も同じ考えだ」と肯定してくれたうえに、「お前がエリアマネージャー(現セクションマネージャー)になったら海外出店してやる」と言ってくれたんです。実際にセクションマネージャーになったとき、「これでようやく言える!」と今度は社長にメールしました。「私は約束を果たしました。今度は社長の番です!」 そうしたら社長はちゃんと返事をくれて、いち社員である僕に、現在どんな計画を進めているかを話してくれたんです。それだけ、社員の考えに真剣に向き合ってくれる会社なんです。

「海外で売りたい」というゴールは今も変わりません。本部から遠い地方のセクションマネージャーをやっていることも、そこにつながっていると考えています。地方のものを全国に紹介するのは、日本のものを海外に紹介するのと同じ。それに、海外に行けばもっと本部から離れた場所で働くことになるわけですからね。そして、目の前のお客様のありがたさ、ともに働くスタッフを大事にする気持ちはどこへ行っても同じ。それらすべてを海外進出のシミュレーションのつもりで頑張っています。

富岡 勇斗

BUSINESS PROFILE

2010年 オープンしたての福岡店を見に行き、見慣れない食品やPOPに魅せられ、「ここでなら夢がかなう」と入社。
2011年 福岡店で副店長を務めた後、福岡キャナルシティ店で店長になるも、当初から業績が振るわず閉店へ。ともに働く仲間、店を愛してくれお客様との絆を意識するようになる。
2012年 仙台店の店長に。視察に訪れた被災地の生産現場で衝撃を受け、「この商品を売る」という使命感に燃える。
2016年 セクションマネージャーになった年末、社長に「約束を果たしました」とメール。明けて新年、海外出店計画について返事をもらう。
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